ナポリもそうであるが南イタリアに出掛けると厨房の中に女性シェフを見かけることも少なくない。スレンダーでは決してない恰幅のよい、いわゆる“肝っ玉母さん”的な存在である。いかにも美味いものが出てくることを予感させる。カターニアのトラットリアもそうだった。若いウェーターが3名ほどホールにいるだけで奥のほうで女性が何だか野太い声をあげている。ただ叫んでいる感じだがあちらこちらに指示を出しているのだろう。
「ここは何が美味いのか」、と尋ねるとウェーターのひとりが厨房に向かって訛りあるシチリア語を飛ばす。しばらくすると手に大きな籠をもったその女性がこちらにやって来て「どうだ!」とそれを差し出す。初老ながら目がギラギラした女性シェフが差しだしたのは籠にぎっしりと詰まったウニ、ウニ、ウニ。日本のものよりはやや小ぶり、黒色に深い青紫が混ざったどこか宝飾のように鈍い光を放っている。
「ここに来たらまずウニを食べな。パスタに絡めたら言葉なんか出やしないよ。」と言いながら不敵に笑う。籠をテーブルに置くとその中にひとつを抓みだしテーブルに用意されたナイフでこじ開ける。パカッとふたつに割るとそこには濃いレンガ色のウニが姿を現した。左手のゴム手袋だけ外して先の尖ったナイフの先でくるりと実を取りだすとわたしに差しだす。
言葉なく、しかし目は「食ってみろ!」と言っている。ナイフから直接指で掴んでそれを口に運ぶ。海の香り。日本でよく食べるウニほどまったりとした感じはない。舌で転がしているうちに磯の風味がどんどん広がってくる。「リングイーネ(楕円柱のロングパスタ)に和えてそこに生身もふんだんに入れとくよ。食べるだろ?」と睨まれて「いいえ」とは言えない。せっかくのカターニアとにかく新鮮な生ものを食べたくスズキとハタのタルタル風を前菜にそのお薦めパスタを待った。このお店から5分も歩けばオペラの聖地のひとつベッリーニ劇場に辿り着く。
劇場と海岸べりのちょうど中間に位置するその辺りまで潮の香りが漂っている。ウェーターではなくシェフ本人が皿を手に運んできた。幸いにもゴム手袋はしていない。無造作にパスタをわたしの前に置くと「食え!」という合図だろう、首を縦にチョイと動かし目くばせする。クリーム色に染まったリングイーネの上にはイタリアンパセリとウニがそのままの姿で散りばめられている。フォークでクルリと巻いて口に運ぶ。アルデンテな食感を楽しむ間なく口の中いっぱいに海の香りが広がる。奥深くしかし諄くない。クリーム状に伸されたウニとそのままにかたちを残したウニとが完璧なマリアージュを演出している。メチャクチャ美味い!急に立ち上がりその肝っ玉シェフの頬っぺたに感謝のキスしたことを思いだした。
堂満尚樹(音楽ライター)

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